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2026/3/11
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『松下禅尼』 |
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昨日定期的に開かれている某歴史塾へ行ってきました。 前回の鎌倉の女シリーズ1『本覚尼』に続き シリーズ2の 『松下禅尼さん』についての講座です。聞いたことがない名前です。どの文献にも俗名も生没年また『吾妻鏡』にも記録が残っていないのです。 安達影盛の娘として、北条時氏の妻として、北条経時・時頼・檜川姫の母としての生涯を生きた方のお話。夫の時氏は、1230年6月18日28歳で急死。経時23歳、時頼37歳、檜皮姫18歳で死去 。両親より早く子を亡くなし、創造を絶する悲しみだったことと思います。その後母と祖父の泰時により養育をして二人の息子の元服を見届け、娘檜皮姫の20年後の供養も行っている。今の時代と違って家族・親戚が次々と早世して、大変な苦労・苦悩があったと推測される。(ここでは、歴史上の内容については記載しません。) 講座中、安土桃山時代の『徒然草』の絵巻の画、お屋敷の畳の間らしく周囲に畳のヘリが書かれているのでわかる。左に大きな松の木があり、真ん中に障子戸が置かれ、傍らに糊の入れ物と刷毛がある。そこに松下禅尼と兄の城介義景が描かれている。 兄が「何某の男に貼らせればいい」と言う。
禅尼が小刀で紙を切り、破れたところに貼っている。 「物は、破れたところを修理して用いる事ぞよ、若き人に見習わせて・・・」いわゆる倹約!です。少しほっこりして、いつの世も母親は同じと思いましたよ(^-^) 私の幼少の頃、いたずらで人差し指で穴をあけたりしていたのを思い出しました。母や祖母が障子紙を桜の花のようにカットして修理?していましたね。 大河ドラマでは、知りえない歴史にますます興味が湧いてきました。 最後まで読んでいただいてありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ ![]() |
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